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何故かマルタへ島流し 

男大学院生が七ヶ月マルタに引きこもる話 一応留学

客席回転率を英語で

今、一般英語のクラスにいるから、先生も会計用語や経済用語なんかを知ってるわけではない。

 

今日のスピーキングの中で、マーケティングのお題が出て、話の流れから「客席回転率」という単語を出さないといけなくなった。

俺は咄嗟に「circulation of consumer」と答えた。

この答えは先生含めてクラス全員に伝わりはした。

ただ、先生曰く「わかるけど、正しい単語がわかんないし、多分間違ってる」とのことだった。まあ直訳しても間違ってるし。

正しい語は「seat turnover rate」

さて、この伝わるけれど正しくはない英単語をどう取るべきか。

ここで「伝わるんだからどっちでもいいじゃん」なんてことは全く言うつもりがない。

普通に考えて、伝わるならより正確である方がいいに決まっている。

ただ、まあ、伝わるのだ。

果たしてこれがネイティブと話すとき何割減の単語なのか、という点が重要だと思う。

 

俺が今からどう頑張っても、英語ネイティブにはなれない。

それは芥川賞作家のヤンイーさんが書いた作品を読んで「素晴らしい」「面白い」とは思っても「日本語として優れている」とは思わないのと似ている。

俺がいくら英語を学んだところで、その感覚はネイティブ程優れていない。

これは俺が「日本語的に優れている」という、数少ない自信を持っているせいでもあると思う。

 

別に完璧な敬語が喋れるとか、一発で誤字脱字がない文章が書けるとか、息を呑むような美しい日本語が書けるなんて思わない。ライターとして働いていた時、怒られてばかりだった。6年も追いかけて結局作家にもなれない、ついでに言えば、中途半端にいいところまでたどり着いて、落選すればそれまでとわかってるくせに、それでも若干の自尊心が満たされたような、情けない男だ。

 

でも、存命の人類全体の中で、上位50万人には入るはずだと思うくらい、日本語の使い方には自信がある。

日本語を読んだ経験は、どう考えても日本人の0.1%には入る。才能は一切なかったけれど、日本語に対する実力だけなら上位50万人には、入るだろう。

 

ここに入れる外国人はほとんどいない。もしかしたらいるかもしれないが、類稀なる才能と努力が必要だろう。

そんなものは今更、自分に求めていない。

そして、そんな感覚を英語話者としての自分に求められても困るのだ。

 

そういう意味では「seat turnover rates」という単語が出てこなくても、さほど問題はないと思わないでもない。別に学者ではないのだから。ベストではないけれど。日常生活では困らない。

 

 

 

まあこんだけ言っといて、求められるのがビジネス英語なのだから、どうしようもない。

そんくらいの単語パッと出ないと意味ないレベルの英語が求められているのに、未だに日常生活に関して「困らない」とは、言えても「完璧」とは言えないレベルだ。

 

とりあえず今日は餃子100個近く作った。

料理嫌いじゃないわ。ストレス発散には、いい。うまくないのが、あれだけど。

さらに言えば、発散したところで英語が良くなるわけじゃないし。

 

あー何しに地中海くんだりまで来てるんだろう。

別にフランス人の友達の三角関係眺めてたって、英語うまくなんないんだよな。

 

はあ、なにしてんだろ俺。